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海と山とにつながる石風呂

今年の3月から、広島県は忠海にある岩乃屋さんの〝石風呂〟に通っていました。

古代から瀬戸内海沿岸には、至る所に「石風呂」といわれる蒸風呂がありました。江戸時代には500カ所とも1000カ所、2000カ所ともいわれるほど、多くの地域で利用され、人々の暮らしの場となってきました。天然の洞窟を利用したり、岩山に横穴を掘る、または石積みでドームを作る。その中で、山の枝木を燃やして高温に熱した後、海水で浸したムシロを床に引き、そこに海藻のアマモや菖蒲などを敷き詰める。岩盤からの熱気と、ムシロやアマモから立ち上がる蒸気によって、人々はじっくり汗を流す、というものです。

わたしが初めて石風呂に入ったのは2013年のこと。祝島で出会った岡田和樹さんが、地元でオススメの場所があります、といって連れて行ってくれたのが岩乃屋さんの石風呂でした。既にあたりは暗くなっていて、その外観もよく見えない中、波の音がちゃぽんちゃぽんと響く岩壁沿いの細い道を進んだ先にその穴蔵はありました。

〝あつい部屋〟に初めて入ったときの感覚は、今でも忘れられません。全身熱い蒸気に包まれて、身体の芯にキューッと入ってくる熱の感覚。はじめはドキドキしましたが、慣れてくると全身がほぐれていき、暗くてあったかくて、ふと母親の胎内にいるみたい、と思いました。さらに横になっていると、今度はなんだか宇宙にぽっかり浮かんでいるような、不思議な感覚になりました。自分の内側の、なにか原始的な感覚が立ち上がってくるような空間でした。

ぽっかぽかの身体と、生まれて初めての衝撃的な体験にポワンとしながら岩乃屋さんに戻ったら、石風呂を営んでいる稲村さんご夫妻が笑顔で迎えて下さいました。このお二人の温かさがダメ押しのように身体に沁みて沁みて、穏やかだけれど強烈な印象が残りました。ああ、もう一度ここへ来たい、もっとこのお二人と話しがしてみたい、そう思ったのでした。

昔ながらにアマモを使い、通年で営業をしている最後の一軒となった岩乃屋さんに、今年の3月から最後の営業日となった11月6日まで通わせていただきました。撮影のために通うとなれば、その資金を算段するためにも、映画にするとか、テレビに企画を持ち込むとか、当初は色々と考えたりもしましたが、どれもなにかピンときませんでした。そして、稲村さんが最後は常連さんにいつも通り石風呂を楽しんでもらいたい、だからマスコミの取材も断っている、というお話しを伺って、できるだけ周りに気を煩わせることのないよう、わたしたちも普段の石風呂の様子を静かにじっくり撮影させていただこうと決めました。その先のことは、後から考えよう、と。(これがなかなか、厳しく、苦しい道のりのはじまりでした。。。)

今回も地元の方々のご好意で、忠海での宿泊場所や車を融通していただき、東京から行ったり来たりを続けました。動画は大久保千津奈さん、スチールは石井和彦さんに引き受けていただいての撮影となりました。

今は、久しぶりに東京に腰を落ち着けて、キラキラ輝く映像の宝の山を前にして、はてさて、これからどんなふうにこの映像を生かすことができるだろうかと模索する日々が続きます。