氷

50年の出来事 その4

4月27日、朝7時前、携帯が鳴った。あっ!と飛び起きた。入院中の父に何かあったか。見れば夫からの着信でホッとする。早朝から仕事に出ていたので、きっと忘れ物でもしたのだろう。
電話の向こうからうわずった声が聞こえた。「実家が火事になったみたいだ。母ちゃんは病院に搬送されて、父ちゃんはまだ見つかってないって。今、家に戻ってるから、用意して里美に向かう」
……どういうこと?どういうこと?どういう……
私たちが茨城の実家に着いた時には、既に鎮火した後だった。全焼だった。
父はまだ見つからず、捜索と現場検証が続いていた。2時間経っても、3時間経っても、見つからなかった。夫がふと、ここに父ちゃんはいない気がする、といって、家とは離れた場所にひとり向かった。その先に、父はいた。自分で命を絶っていた。
帰路、車に乗りながら、夫の隣にいられて本当によかった、と思った。今このときを、一人ではなく、二人でいられてよかった、と心の底から思った。
間を埋めるように、iPodを再生した。流れてきたのは、美炎さんの馬頭琴だった。その音に触れた瞬間から、私も夫も涙が止まらなくなった。それは、太陽の光や頬を撫でる風や、さわさわと揺れる木々の葉のように、優しくて、大きくて、包み込んでくれるようだった。自然界から送られてきているような音色に耳を澄ましながら、嗚咽した。
長い長い一日が終わる頃、20代の頃から父のように慕ってきた大切な人が、同じこの日に旅立ったという報せを受けた。