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新たな一歩へ

事務所の自分の机の前からは、ゴーヤの緑のカーテンが雨に濡れて、光輝いている。この緑を眺めていると、あの北軽井沢の森にワープできるような気がする。

8月29日、ルオムの森上映会の当日は、どしゃぶりの雨が午後2時過ぎまで続き、いよいよどうなることかと思っていたが、準備を始める頃にやみ、上映会は無事スタートしたのだった。

森の中で、久しぶりに私も「ある精肉店のはなし」を見ながら、大きなひとつの区切りを自分の中で迎えていることを感じていた。今、ここから新たな道へ踏み出すのだ、そう思いながら、映画のエンディングを迎えた頃、また雨が降り始めた。天が、なんとか映画の間だけ、雨を止めてくれていたような時間だった。

「年報カルチュラルスタディーズVol.3」に福山平成大学教員の上村崇さんが「ある精肉店のはなし」の映画評を寄稿して下さった。自分の中で、映画表現 としてこういうところで勝負したいのだと秘かに熱く思っていたことを、上村さんが丁寧に映画を紐解いて評して下さったこと、そして身に余るような嬉しい 言葉に恐縮しつつ、これからの一歩を踏み出す勇気をいただいた思いだ。

出版社、上村さんにご了解いただき、全文を下記に転載させていただきます。
http://www.koshisha.co.jp/pub/archives/529

 

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映画評『ある精肉店のはなし』
「おはなし」を喚起する力

「はじまりは友人から聞いた話だった。大阪にある小さな精肉店で牛を育て、家族で屠畜してその肉を店で売る。まさに生産直販をこの時代に続けているという。今度屠畜見学会があるから、行ってみないか、と誘われたのだ。」

纐纈あや監督が担当するナレーションにかぶさり、暗闇の画面から牛舎が現れる。舞台となる北出精肉店の次男、北出昭さんに導かれ、牛が牛舎から道路へ歩み はじめる。「ほれ、はいはいはいはい・・・・」興奮ぎみの牛をなだめながら徒歩3分の屠畜場に到着。昭さんが牛に目隠しをし、長男、新司さんが牛の眉間に ハンマーを振り下ろし気絶させる。そこから驚くべき手際でみるみるうちに牛は枝肉と内蔵に仕分けられる。枝肉が移動される場面に遭遇し驚きの声を上げる登 校途中の小学生たち。

「この日からわたしは精肉店に通いはじめた。」

再び纐纈監督のナレーションが入り、映画のタイトル『ある精肉店のはなし』が画面に映し出される。タイトル画面を観ながら、纐纈監督の次回作の題名が『あ る精肉店のはなし』だと伝え聞いたとき、なんだか嬉しくなったことを思い出す。そして、纐纈監督にお会いしたときにとても印象に残った、監督の黒い大きな 目と満面の笑顔も同時に思い起こされた。そして、映画の鑑賞時にもやはり、オープニングとタイトル画面を観ただけで心が躍った。なぜ、オープニングを観た だけで心が躍るのだろう。「屠畜の<歴史>」でもなく、「部落解放運動の<歴史>」でもない、「ある精肉店」の「おはなし」。精肉店に通いつめ、あの黒い 大きな目を通して出逢った出来事を”history”ではなく彼女固有の”a story”(それは、historyではなく、彼女の物語=herstoryと言っていいかもしれない)=”narrative” としてこれから紡ぎだされることが、オープニングを観るなかですでに期待できたからである。果たして、映画は期待通り、彼女らしい作品であった。
映画『ある精肉店のはなし』(2013年作品)は、上関原子力発電所に反対し続ける島民の暮らしを映し撮った『祝の島』(2010年作品)に続く、纐纈 あや監督の2作目にあたる作品である。大阪府貝塚市で精肉店を営む北出一家を通して、北出家の歴史、屠場の歴史、被差別部落の歴史、貝塚市の歴史が重層的 に描かれる。この作品には、食べるということ、家族、屠畜、食品産業、伝統技能、部落差別、祝祭といった多様なテーマがひとつの家族と精肉店を通して複雑 に織り込まれている。この作品は、観る人に様々な感情を惹起させるであろうし、この作品を観た10人が10人、異なった場面に注目することになるかもしれ ない。この作品を観て「食べること」の崇高さを受け取る人がいるかもしれないし、被差別部落に生活するある家族の一代記を読み解く人がいるかもしれない。 精肉技術や太鼓を製作する技術に驚嘆するかもしれないし、疾走するだんじりや盆踊りの描写に胸を躍らせる人がいるかもしれない。「お肉を食べたい」欲望が 沸々とわいてくる人がいるかもしれないし、屠殺の残虐性をどうしても拭えない人がいるかもしれない。作品自体についてはパンフレットをはじめ各所で数多く の識者が多面的に評しているのでそちらを参照されたい。ただ、忘れてならないのは、あらゆる角度から語ることができるこの作品は、ひとつの家族を通して語 られた「おはなし」であるということである。纐纈監督のナレーションは、屠畜の素晴らしさや被差別部落の不当性を声高に訴えるものではなく、家族の日々の 営みを淡々と叙述するのみである。しかし、そのナレーションは舞台となる北出家の人びとだけではなく、観客であるわたしたちに向けられていることも忘れて はならない。この社会に生活する誰もが、家族や大切な人びととの生活、社会との多面的なつながりのなかで生活している。関係性の網の目は時に窮屈なもので あり、ともすれば個人の生き方を封殺するものともなりうる。そうした日々の網の目のような関係性を観客みずからが想起する地点に誘ってくれるのがこの作品 の力なのである。纐纈作品の力はどこからくるのか。

「ドキュメンタリーもフィクションである」

こう喝破したのは映画『阿賀に生きる』(1992年作品)で生活者の視点から新潟水俣病を描き出したドキュメンタリー作家、佐藤真である。佐藤は、「ド キュメンタリーは本当のことを映し出したものと考えている人」、ドキュメンタリーをみて「現実と違う」と怒りだす人が後を絶たないと認めながら、「偶然の 出来事をとらえていたとしても、その現実の断片を再構成したとたんに、その映画は”現実”を離れて、監督にとって必要な”創作物”になる」(佐藤、8頁) と指摘する。『阿賀に生きる』の制作過程で、現実と創作に引き裂かれながら、「いかに作り手が、現実と映画は違うことを肝に銘じて、いかに創ることに開き 直るかにかかっている」(佐藤、12頁)という境地に達する。「そうだ、ドキュメンタリーも映画なんだから、どこまでも創りものなのだ」(佐藤、10頁) と佐藤がみずからに言い聞かせるように発した言葉は、ドキュメンタリー作家だけではなく、観客も肝に銘じておきたい言葉である。佐藤の箴言が正しいとする ならば、観客は画面に映し出される出来事を丹念に追うと同時に、ドキュメンタリー作家がどのように「開き直っているか」探る視座をもつことが求められるこ とになる。そして、この作家の開き直りの態度にどう応答するかということが、観客がその作品にどのように向き合うかということに繋がり、観客の作品への応 答力を喚起させてくれることが、その作品の力になるといえるであろう。
纐纈あや監督とその作品にであったのは2010年に広島市内の横川シネマで『祝の島』の上映と、1週間に渡る連続トークを企画したときに遡る。いまから 思い起こしてみれば、纐纈監督のスタイルは第1作目ですでに確立されていた。この作品のなかで、纐纈監督は上関原子力発電所の反対運動を描きながらも、海 で、山で生活する祝島の住民の生活も克明に描き出している。BGMもなく、規則的な海の波音とトラクターのエンジン音で彩られた住民の生活を描くなかで、 纐纈監督の眼差しは島の伝統的な行事「神舞」にまで向かう。原子力発電所の建設が、これまで島が繰り返してきた自然のリズムと人びとの生活を分断する介入 者として浮かび上がる構図である。これまで長い時を重ねて繰り返されてきた自然と人間のリズムを描き出す手法は、『ある精肉店のはなし』における屠畜や被 差別部落、そして祝祭を描きだす手法に引き継がれている。纐纈作品の力とは、ある場所に通いつめ、あの黒い大きな目でその生活の場所に息づいてきた関係性 の網の目を再発見して、みずからの物語に昇華する力である。原子力発電所をテーマに『六ヶ所村ラプソディ』(2006年作品)、『ミツバチの羽音と地球の 回転 』(2010年作品)と立て続けに話題作を発表する鎌仲ひとみ監督が、地域を越えて原子力発電の問題をつなぎ合わせ、ネットワーキングしていくことでグ ローバルに問題を構図化していく力を画面上に描き出すのとは対照的に、纐纈監督は限定する地域を舞台に、すでに存在するネットワークを浮かび上がらせるこ とに腐心する。これは、両監督の作品の優劣とはまったく関係ない。佐藤の言葉を借りれば、「開き直り」方の違いであり、それこそがまさに作家性である。纐 纈監督の「開き直り」は、「撮りたいものを撮る」「撮れるものを撮る」ということである。そのために、「透明人間になる」のではなく、逆に「自分が居続け てやがて存在が気にならなくなる、そこからが勝負だったんですね」とも述べる(読売新聞インタビュー記事)。俯瞰して事象を捉えようとするのではなく、自 分が現場に「居る」ことを自分も周囲の人間も受け入れるところからはじまる作品創作。「自分はここに居ていい」と開き直り、彼女自身の撮りたいものを撮る 纐纈監督の人間性が作品に力を与えているのである。
しかし、纐纈作品の力はそれだけに留まらない。纐纈作品の隠された力は言葉への感受性と応えぬものに語りかけることができる度胸=開き直りである。彼女 の感受性は、北出精肉店長男、新司さんの「我々は牛を殺すとは言わんと、割ると言うんや」という言葉をしっかりと画面に刻む。この言葉を聞いたときに、イ ラストルポライターの内澤旬子が『世界屠畜紀行』で「屠殺」と「屠畜」に言及している箇所が想起された。日本では、「屠畜」よりも「屠殺」という言葉が流 通しており、「屠殺」は汚い場所で行われる残虐なものであるというイメージがつきまとうと内澤は指摘している。そして次のように彼女は述べる。「殺すのは ほんの一瞬だ(へたくそだと時間がかかる場合があるが)。しかし、殺した死体と一対一で向き合って、食える肉にするまでの時間は、はるかに長くて、しんど いいものだったのだ。やはり屠殺じゃなくて屠畜という言葉がぴったりくる」(内澤、361頁)。『ある精肉店のはなし』は、確かな技術に裏打ちされた「長 くて、しんどいもの」を丁寧に観客にみせる。この映像体験は「屠<殺>」という言葉の使用法を揺さぶる。
つぎに彼女の感受性は、北出一家の会話だけではなく、一般的に応答不能と考えられる存在との会話に向かう。纐纈作品のなかには、象徴的に動物との会話が 取り上げられる。冒頭と終盤に登場する牛との会話がそれである。屠畜場まで送られる牛と人との会話は、意思疎通というコミュニケーションとはまったく異 なった、他者とのやりとり、時を重ねてきた自然とのやり取りのようにもみえてくる。この風景は、映画『祝の島』で「その日捕れる魚の量は竜宮城の乙姫さま がきめる」と言う一本釣りの漁師が、捕った魚に「いらっしゃいませ」「(えさを)よぉ食ってくれたのう」と語りかける場面とも重なる。
さらに、彼女がナレーターとして語るナラティヴは、当然観客にも投げかけられている。彼女は声高に「善・悪」「正・邪」を語らない。彼女なりの語り口 で、北出家のある物語を語るのみである。投げかけられた言葉にどう応答し、どう評価するかは観客に委ねられている。彼女は評価はせずに、語り終わった後に すべてを観客に委ねるのである。北出家の人びととの会話(人間の会話)を通して、動物との会話(自然との会話)を描き出し、未だ応えぬ、未だ出逢わぬ観客 に向けて言葉を投げかけるために作品を創造する。この開き直りこそが、ドキュメンタリー作家としての彼女の力ではないか。
作品を通して、幾重にも折り重なった人びとのネットワークを描き出した彼女が、こう問うことを想像してみよう。「あなたは、どんな人との関係性のなかで 生きていますか? あなたの”おはなし(a story)”はどんなものですか?」そう問われたときに、観客はみずからが生活する関係性の網の目を想起せずにはいれないし、どんな言葉を用いてそれを 説明することができるか思案しなくてはならない。『ある精肉店のはなし』は、画面の向こうだけの出来事ではなく、「わたしのおはなし」として観客が物語を 紡ぐことを促すのである。

上村 崇(うえむら たかし) 福山平成大学教員

 

参考文献
宇佐美伸「オンリーワン 纐纈あやのドキュメンタリー」(インタビュー記事)、読売新聞、2015年3月29日
内澤旬子『世界屠畜紀行』、解放出版社、2007
映画『ある精肉店のはなし』制作事務局『ある精肉店のはなし』(劇場パンフレット)、2013
佐藤まこと「ドキュメンターリーもフィクションである」『現代思想十月増刊号 総特集 ドキュメンタリー』、青土社、2007
纐纈あや監督『祝の島』(DVD)、ポレポレタイムス社、2010
林勝一「「食べる」ことは人が「生きる」こと」『TOKYO人権 Vol.61』(インタビュー記事)、東京人権啓発センター、2014
ポレポレタイムス社『祝の島』(劇場パンフレット)、2010
HP『ある精肉店のはなし』http://www.seinikuten-eiga.com(2015年5月10日確認)